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書籍レビュー

【人間に心はない】ディストピア禍の新・幸福論は、常識をぶち壊すような本でした

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こんにちは、こんばんは、TKです。

今回解説させていただく本は、前野隆司さんの著書「ディストピア渦の新・幸福論」です。

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本書は、コロナウイルス、自然災害、格差社会といった多様なリスクにさらされる世界の中で、僕たちはどのように生きれば幸せになれるのか?という皆が抱える問いに、科学的な視点から答えることを目的とした内容となっております。本書のタイトルにあるディストピアとは、理想郷を意味する“ユートピア”の対義語です。つまり簡単言えば、ディストピアとはめちゃくちゃ悪い暗黒の世界のことを意味しています。コロナウイルスの拡大を筆頭に、僕たちは多様なリスクにさらされながら人生を歩んでいますよね。そのせいで、昔に比べて経済が発展しているにも関わらず、未だに多くの人が幸せな気分を持ちながら人生を歩めていないような気がします。ただ、前野さんはそんなディストピア的な世界の中でも、幸せに人生を全うすることはできると断言します。では具体的に、僕たちなどんな考えを持てばいいのか?どんな行動を取っていけばいいのか?一緒に確認していきましょう。今回は以下の3章を軸に解説を進めます。

  • ①心はない
  • ②死を意識する
  • ③自分と他人を区別しない

では、「①心はない」の内容から見ていきましょう。

①心はない

前野さんは冒頭で日本のことを「ガラスの城」という表現をしています。どういうことかと言いますと、「見た目は美しいけど脆い」ということですね。日本は物事を効率的に考えることに関して言えば、めちゃくちゃ優れています。しかし、そのせいで、想定外のことにはめっぽう弱いのが日本という国なのです。例えばコロナウイルスが問題になった当初、日本ではマスクや消毒液が欠乏しましたよね。なぜ先進国と言える日本でこんなことが起きるのか?それは、高度な効率化を追求しすぎたからなんです。無駄をなくし、在庫を減らし、ギリギリまで切り詰めて利益を追求した結果、想定外の自体が発生するとすぐに対応できなくなります。

ただ、コロナへの対応として優れていた面ももちろんあります。日本は皆が一斉にマスクをつけ始めましたし、消毒もこまめにするようになりました。では、なぜ日本人は感染対策を自然と行えたのでしょうか?その要因として考えられるのが、東アジアという地理的条件です。東アジアはヨーロッパに比べて暖かく湿度が高いので、カビやウィルスが繁殖しやすくなっています。日本人ってヨーロッパの人と違って、積極的にハグや握手をしませんよね。なぜかと言うと、暖かくて湿度が高いから、つまりは感染リスクが高いからなんです。日本人の特徴的な挨拶として、身体的な接触がないお辞儀があります。このお辞儀が広まったのは、突き詰めて考えると感染リスクを下げるためだったんですね。つまり、感染対策にすぐ日本人が順応できたのは、民度が高いからではなく、たまたま感染を抑えることに積極的になる場所に住んでいたからなんです。

そして、そんな環境で生きてきた結果なのか、日本人は心配性遺伝子を持っている人が多いそうです。心配性遺伝子とはその名のとおり、心配しやくすくなる遺伝子のことですね。緊急事態宣言や自粛要請が叫ばれた当初、多くの人は従うことができましたよね。その根底にあるのが、おそらく心配性遺伝子になります。自粛しないとヤバイよと言われると心配になっちゃって、結果として感染リスクを抑える行動が取れたわけです。ただ、この心配性遺伝子のせいで物事をネガティブに捉えすぎてしまい、買いだめといった良くない行動も多数見受けられました。

また、前野さんがもう一つ強調している国民性がありまして、それが「無意識の利他性」です。利他性とは、他人のために行動できる性質のことを意味しているのですが、日本人はこの利他性を無意識に発揮していると言います。この利他性自体は、日本人に限らず世界中の人が持っています。そして、外国の人はこの利他性を強く自覚する傾向があるんですよ。「あなたは利他的ですか」というアンケートの結果を日米間で比較すると、アメリカの方が「はい」と答える割合が高いそうです。このアンケート結果だけ聞くと、日本人が冷たい感じに映りますが、そういうことではありません。先程も言ったように、日本人は無意識に利他性を発揮しているんですね。例えば行列に並ぶことって、利他性を発揮していると言えますよね。自分のことだけを考えれば、行列に並ばずに割り込めばいいわけです。ただ、先に並んでいる人の前に割り込むのは失礼だと無意識のレベルで思っているので、当然のように行列に並びますし、行列に並ぶ自分を偉いとも思わないわけです。

なぜ日本人はこういった無意識の利他性を発揮できるかと言うと、これもまた地理的条件が要因だと考えられます。感染リスクが高かったり災害が多かったりする日本では、自然と助け合いの精神が生まれます。結果として、無意識のレベルで人に気を使う国民性が築かれたのだと推測できるのです。はい、ここまで日本が持つ国民性について見てきました。ガラスの城と言われながらも、地理的条件が培った人間性によって、なんとかコロナウイルスへの対策を取ってこれたわけですが、そもそもなぜ前野さんはこんな話をしているのでしょうか?結論から言うと、「心はない」という主張をするためです。はい、突然心はないとか言われても意味がわからないと思いますし、こんな事を言うメリットもわからないと思います。ただ、科学的な視点から考えると人に心はないという見方ができますし、そう考えることにメリットもあるんですよ。では、まず心はないと言える根拠から確認していきましょう。

日本人は地理的条件から感染リスクを抑える行動を取ってこれたし、感染リスクを抑えようとするために心配性遺伝子を獲得するようになったとお話しました。つまり何が言いたいかというと、僕たちは何事も無意識のレベルで行動している生き物であり、心を持っているわけではないということです。僕たちが感染対策に必死になるのも、行列に並ぶのも、意識してやっているわけではなく、無意識にやっています。そう考えると、本当に意識して取っている行動などなくて、心と呼べるものは人間にはないんだと言えるわけです。つまり、僕たちが取っている全ての行動は、地理的条件やそれまで培ってきた遺伝子によって決定されているだけなのです。ひどい言い方をすれば、プログラムを組み込まれたロボットと一緒ということですね。

はい、いきなりこんな事を言われても、ほとんどの人は抵抗感を覚えたはずです。いやいや、僕たちには感情があるんだから、心はないという主張はおかしいでしょと思いますよね。ここで強調しておきたいのは、決して前野さんは人の持つ感情や想いを全否定しているわけではありません。主観として、感情があるように感じることは、前野さんも認めています。正確に言えば、「意識して取っている行動はない、だから人は心を持っていないと解釈できる」と言っているだけなので、そこは誤解のないようにお願いたします。では、「意識して取っている行動はない」という主張をもう少し深く確認していきましょう。1983年、アメリカの神経生理学者であるベンジャミン・リベットは、僕たちの意識下の「自由意志」が指や腕を曲げようと意思決定する0.35秒前に、無意識的な意思決定が行われている事実を発見しました。どういうことかと言いますと、僕たちが「指を曲げよう!」と思った時間の0.35秒前に、指を曲げる信号がすでに送られているとうことです。つまり「指を曲げよう!」と思って指を曲げているのではなくて、指を曲げた後に「指を曲げよう!」と後づけで考えているんですよ。何が言いたいかといいますと、意識的な行動というのは全て幻想であって、全ての行動は無意識に行われているということです。

他にも2008年に発表されたスーンらの論文によると、僕たちが意識的に決定する7秒から10秒も前に、無意識的な意志決定が行われていると報告されています。例えばあなたがコーヒーを飲もうと思って、コーヒーを作り始めたとしますよね。ただ、実はコーヒーを作り始める7秒から10秒前にはコーヒーを作ることを無意識に決定していて、意識的にコーヒーを作っていると勘違いしているだけというイメージです。僕たちは今何かを考えてそれを行動に移していると思っていますが、実は意思決定は過去に終わっていて、今考えたように勘違いしているだけだったのです。

以上の話を踏まえて前野さんは、「わたしたちには心などなく、ただ心があるふりをしているのである」と結論づけています。

はい、賛否両論あるのは理解できますが、これが前野さんの結論です。ただ、当然ここで疑問に思うことがありますよね。それは、「じゃあなんで僕たちは意識的に行動していると勘違いするようにできているのか?」という疑問です。実際には全て無意識に決定されているのに、なぜそれを意識的に決定しているように僕たちの脳はプログラムされているのか?前野さんの仮説では、「体験した」ということをエピソードとして記憶するためらしいです。はい、体験をエピソードとして記憶すると言われても、メリットが全くわからないと思いますので、詳しく説明します。

例えば昆虫は、反射行動の集まりで生きていると考えられています。食べ物があったら食べて、敵が来たら逃げる。考えてそう行動しているわけではなく、反射的に行動しているわけです。人間も昆虫と基本は一緒で、反射的に行動をしています。ただ人間が昆虫と違うのは、それをエピソードとして記憶できるところにあります。人は無意識に取った行動を、自分が意識して取った行動としてリアルに感じることができます。このリアルに感じるというのが重要で、リアルに感じることができるがゆえに、いろんな体験に対して喜怒哀楽を感じることができます。結果として様々な体験から学びを得ることができますし、様々な体験を楽しむ感覚を得られる、つまりは人間らしい生き方を実現できるというわけです。

はい、ここまでの説明で、人は全ての行動を無意識で選択していて、意識して行動していると感じるのは、エピソードとして記憶するためだと理解していただけたかなと思います。では、なぜ前野さんは科学的な視点から、意志決定が幻想であるという結論を導いて、わざわざ本に書いたのか?それは、気が楽になるからです。では、気が楽になるという瞬間のイメージを本書から抜粋してお伝えします。「なーんだ。心はなかったのか。笑っちゃうな。いい意味で拍子抜けというか。気が楽になったなあ。なにしろすでに死んているのと同じなんだから、死もなにも恐れることがばかばかしい」はい、こんな感じですね。僕たちが持っているポジティブな感情もネガティブな感情も、全ては良くも悪くも幻想というが科学を元にした結論です。そう捉えることで、ネガティブな感情を手放す感覚を得られますし、ポジティブな感情に関しては「幻想でも何でもいいからポジティブな感情は持っておこう、だってその方が人生楽しくなるし」と都合よく解釈すればいいんです。ではこの章の締めとして、本書から前野さんのお言葉を抜粋してお伝えします。

心はないという事実を深く理解し、自分なりのゼロ地点から出発することこそが、各々のより自分らしい生き方につながると考えている。先ほどの、「なーんだ。心はなかったのか」からの「腑に落ち感」である。絶対無からの、幸せである。

出典:ディストピア渦の新・幸福論

②死を意識する

突然ですが、あなたは普段自分の死を意識して生活しているでしょうか?おそらく大半の方は、死を意識した生活を送っていないと思いますし、僕自身も死をリアルに考える時間などほとんどありません。ただ前野さんは、死を意識することで充実した人生を生きている感覚を得られると主張します。なぜ死を意識することで、人生が充実するのか?それは、生が鮮やかになるからです。キャンサーギフトという言葉、あなたは聞いたことあるでしょうか?これは、余命宣告をされたがん患者の心が成長し、残された時間を今まで以上に幸せに生きられる現象のことを意味しています。この現象、僕自身もの凄く腑に落ちました。

人って残り少ないものは、注意して使うようになりますよね。例えば僕たちは水を贅沢に毎日利用していますけど、災害などにあって水が限られた資源になった瞬間に、水の使い方についてかなり真剣になるはずです。

また、キャンサーギフトの話を本書で見た際に思い出したことがありまして、それが、西野亮廣さんが作ったレターポットというサービスです。レターポットとは1文字5円で文字を購入し、その購入した文字数内で任意の相手に言葉を伝えることができるサービスです。例えば100文字の文章を送るには500円が必要で、100文字の文章を送られた人は、新たに100文字文の文章を作成できるようになります。一見意味がわからないサービスですよね。LINEで文字を送れば無限にタダで文章を送れるのですから、レターポットの存在意義は無いように思えます。ただ、レターポットには素晴らしい存在意義があります。なぜなら、レターポットではネガティブな言葉がほとんど使用されないからです。実際西野さんの元にもレターポットを通じて何万通もの文章が届いたそうですが、なんと誹謗中傷を思わせるものは1つもなかったようです。これ、ほんとにすごいことですよね。西野さんはアンチも多い方ですから、SNS上ではめちゃくちゃボロクソに言われることもあります。ただ、レターポットでは誹謗中傷をされることはありません。なぜなら、使える文字数が限られているからです。文字が有限なものになった瞬間、人はその文字を誹謗中傷のような下らないことには使わなくなるのです。

このお話は、人生の時間に置き換えても全く一緒なんです。死を意識して人生が有限なものだと思えた瞬間に、僕たちは残された人生をより良く活きる決意が固まるのです。実は研究によっても、死を意識することで幸福度が高まる傾向があることが分かっています。スウェーデンの社会学者ラーシュ・トーンスタムによると、90歳から100歳くらいの高齢者は死の恐怖が減少し、自己中心性が弱まり、自分と世界の境界が曖昧になり、寛容性が高まり、極めて幸福度が高い傾向にあるそうです。このお話、なかなか面白いと僕は感じました。確実に死が近づいているにも関わらず、なぜか死に対する恐怖って減るんですね。もちろん、全ての人が死に対する恐怖が減るわけじゃなく、傾向として見られるというだけであって、死への恐怖が高まる人もいるかもしれません。それでも、死に近づくことで死への恐怖が薄まるという発想があることは、大変興味深いことですよね。

ただ、今若くて健康な人が死を意識するのは、ちょっと難しいと思います。そこで次にお話したいのは、自分の小ささを客観視することです。自分の小ささが客観視できることで、自分の生死など大した話じゃないと受け止めることができます。結果として死についても、今以上に軽く身近なものに捉えられるようになるのです。宇宙は約138億年前に、ビッグバンと共に誕生しました。その138億年という数字を13.8キロメートルという距離に置き換えてみます。次に、人生の長さである100年を距離に換算してみます。すると、100年はたった0.1ミリです。はい、僕たちの一生が実にはかないものか、イメージできたでしょうか?宇宙の歴史から見れば、人の一生なんてビックリするくらい小さいものなんですね。こう考えることによって、「今死んでも30年後に死んでも大差ないと思えるよね」と前野さんは言います。実はこういった大きな視野に立てば立つほど、死といった重いテーマにも気軽に向き合えるようになります。宇宙の歴史がわかりにくければ、人口で考えてもいいと思います。今地球上には80億人ほどの人間がいます。あなたはその80億分の1という非常にはなない存在です。そう考えると、今抱えている悩みだったり死という重いテーマも、非常に小さなことなんだと思えてきますよね。

では、このあたりで2章のまとめに入ります。僕たちはよく「先のことを考えて生きなさい」と言われますが、それは突き詰めて考えれば、死を考えて生きるということなんです。ただ、死を考えることは、決して絶望に向かって生きることにはなりません。むしろ死を考えることで人生のはかなさを真正面から受け止めることができ、一瞬一瞬を充実した気持ちで過ごせるようになるのです。

③自分と他人を区別しない

ここまで、心はないという主張と、死を考えることで前向きに生きられるという主張をご説明してきました。以上を踏まえて最後に、「自分と他人を区別しない」というお話をします。ここまでの説明は、基本的には科学的な根拠が前提になっていました。ただ、これからお話することは前野さんの思想が強く反映されており、科学が前提になっているものではありません。それでも、前野さんのお考えは幸福に生きるためのヒントになると思いましたので、最後に説明しようと思いました。本書の中で前野さんは、あなたは本当にあなたなのか?という問を投げかけています。はい、ちょっと意味がわからないと思いますので、この問の意図を今から説明します。この問の前提として、「あなたとあなた以外を分ける境界は、非常に曖昧である」という考えがあります。

おそらく大半の人は、自分を構成している皮膚や臓器が自分であって、それ以外は自分ではないと思っていますよね。つまり、髪の毛は自分の一部という感覚を持っているのですが、美容院で切られた髪の毛についてはどう感じますか?切り離された髪の毛については、自分の一部という感覚は薄れると思います。さっきまで自分の一部だと思っていたにも関わらず、皮膚から切り離されただけで、自分の一部とは思えなくなる。つまりここで言いたいのは、自分という定義など曖昧ということです。以上を踏まえて前野さんは、「世界中の全てを愛そう」と主張します。誰しもが自分の事を一番に優先して行動していると思いますが、そもそも自分という境界など曖昧だから、世界全体を自分事として捉えて愛そうよと言っているわけです。そうすることによって、全ての人が全ての人のことを考えて行動できる世界が実現できて、皆がハッピーになれるのです。

はい、いきなりこんな壮大な主張をされても、なかなか腑に落ちないとは思います。そんなのただの理想で、実現できるわけないと思った人もいるでしょう。ただ、そういった反論について前野さんは、以下のように返します。

わたしが、理想論に対する現実的な反論に憤りを覚えるのは、「なぜ理想を描こうとしないのか」という点である。たとえ何百年かかるとしても、「それが理想の世界だ」とみんなで合意して目指している状態と、「理想は脇に置いて、現実的には戦わざるを得ない」と考えるのとでは、思考や行動に大きな差が生じると思うのだ。もしも理想だけでも合意できていれば、紛争や環境問題やパンデミックのような人類全体の危機に対して、もっと助け合う力が働くではないか。

出典:ディストピア渦の新・幸福論

はい、「なぜ理想を描こうとしないのか」というお言葉は、本当におっしゃる通りだと思いました。前野さんが言っているこ理想は、多分近い将来には実現されないです。ただ、実現できるどうかが重要なのではなくて、実現しようと努力することが重要なんですね。あなたは前野さんの主張に対して、どのような感覚を持ったでしょうか?もし同意していただいたのであれば、それは前野さんの理想に一歩近づいた証拠なのだと僕は思います。

まとめ

はい、今回の解説は以上となります。かなり深いテーマを語っていた本書なので、やや難しく感じる話もあれば、納得できないような話しもあったように思います。個人的には、ポジティブな感情もネガティブな感情も幻想というのは、ちょっと腑に落ちませんでした。地理的条件や歴史の積み重ねで僕たちの人間性が決定されていて、結果として取る行動全てが無意識に決定されていると言われても、やはり感情を持って何かを選択している感覚はありますからね。本書に限ったことではないですが、完全に正しい真理を書いている本などありませんから、こういった考えもあると一歩引いた姿勢で情報を受け取って、自分なりに解釈するプロセスが大事だなと改めて思いました。

なお、今回解説したのは本書の一部分であり、まだまだ紹介できていない部分はたくさんあります。長々とお話しましたが、実はこれでも本書の数%しかお話できていません。また、本書は前野さんが人生をかけて生み出した作品であることは、読めば絶対にわかります。興味を持った方はぜひ本書をお手に取って読んでみてください。リンクは詳細欄に貼っておきます。最後まで見ていただきありがとございました。またお会いしましょう。

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